古いものと新しいものを掛け合わせ
空気や空間をデザインしていく
緑の溢れるアトリエでの創作
中国では唐代からの歴史を持つ水墨画の可能性を追求しながら、“伝統” に囚われない柔軟な作品を世に送り出している水墨画アーティスト、CHiNPAN。彼女が水墨画と出会ったのは小学三年生のとき。
幼くして琳派の水墨画を描き始めた。2008年に国立新美術館「アジア創造美術展」に入選して本格的なキャリアをスタートさせてからは、現在まで店舗内装やファッション、音楽関連のビジュアル制作など幅広い作品を手がけてきた。
そんな彼女は家族との生活を送りながら、日々創作を続けている。夫は昨年メジャーデビューを飾ったTempalayのドラマー、藤本夏樹。以前は自宅で作品制作も行っていたが、2019年5月にひとり娘のキキちゃんが生まれたことで「単純に手狭になったのと、子供が大きくなって作品に手が届くようになっちゃって。これはもう無理!と思って」現在のアトリエを借りたという。都心にありながら、緑溢れる環境が気に入ってこの部屋を創作の場に選んだ。
「作品を作るときは窓があって、自然が見える環境を選ぶようにしています。ラフ画をカフェで描くときも窓際の席を選ぶんですよ。そのほうが自分の心にいい影響があるんです。テンションを上げるというより、いい意味でフラットになれるし、集中できる。私の場合、壁を見ながらだとなかなか描けなくて。夫は真逆で、壁を向いた環境じゃないと集中できない。だから、このアトリエは都合がいいんです(笑)」
アトリエのインテリアはモノトーンの色彩で揃えられており、「自然と安らぎを求めているのかも知れないですね。無意識のうちにこういう色で統一しちゃう」とCHiNPANは話す。余計な色彩がないぶん、そこからはCHiNPANの美学が浮かび上がる。
「いやなんですよ、生活の場にいかにも『機械』という感じの製品があるのは。でも、cadoの空気清浄機は色も威圧感がなくて、すごくいいと思います。デザインが洗練されているし、部屋に馴染みやすいですよね。あと、そんなに音がしないんです。使っていることを忘れちゃう。創作するうえではそれぐらいが一番いいんですよ」
水墨画という画法では、作品を描く段階だけでなく、仕上げの際にも繊細な作業が必要とされる。空気の質はそのまま作品のクォリティーにも反映されるため、手を抜くことは許されない。作品の発想やラフ画の作成、水墨画の描写、そして仕上げ。すべての段階において、集中できる空間と環境が必要とされる。
「水墨画には裏打ちという作業があるんです。和紙に描くと、水を含んでくしゃくしゃになるんですけど、それを伸ばすために少し厚めの和紙を貼っていく。そのときに埃が入ると作品が台無しになっちゃうんですね。だから、埃のことはすごく気にしていて。机の上を拭いたり、ドライヤーで埃を吹き飛ばしてから作業することが多いですね」
生活と創作は表裏一体
現在のCHiNPANは、基本的に生活の場と創作の場をはっきりと分けている。
キキちゃんがアトリエにやってくることはあっても、そうした環境のなかで作品制作をすることはないという。ただし、彼女は「生活の場では物理的に創作はできないけれど、暮らしのなかでいつも作品のことは考えているんですよ」とも話す。
では、暮らしのなかで感じたことが創作のインスピレーションとなることもあるのだろうか。
「よくありますね。生活のなかで考えたことや気になることを掘り下げていって、それを作品に落とし込むというのが一番多くて。
アーティストとしては、生活と創作が表裏一体のタイプだと思います」
日常生活での体験が作品に落とし込まれた一例として、CHiNPANは今年2月に開催された個展「祈りと飲み込む龍」を挙げる。この個展では彼女が撮り溜めていた家族の写真と水墨画の作品が展示され、生活と創作が同一線上で表現された。「一昨年、飼っていた犬が高齢で亡くなったんですけど、その半年前に娘が生まれて。そのこともあって、生と死について考えることが多かったんですよ。自分のなかでもやもやしたものだったり、受け入れられない部分があって。今年に入って個展をするとき、作品に至るまでのプロセスを見せたくて、犬の写真やラフ画を壁に貼って、その奥に水墨画の作品を展示したんですよ。自分のなかでは生活の一部を曝け出した感覚がありました」
ひとりのアーティストとして、そのように新たな境地を開拓し続けているCHiNPAN。彼女が現在力を入れているのが、掛け軸の作品だ。「掛け軸っていう形態自体がデザイン的によくできているんです。縦長でインパクトもあるし、収納しようと思ったらすぐに小さく畳むこともできる。引っ越すときにも手軽に持っていけるんですね。掛け軸といってもみんな親しみがないかもしれないけど、意外と
生活にフィットしやすいものということを伝えていきたいんです」
生活空間が変わっても、掛け軸を飾るだけで、そこには以前と同じ空間が立ち現れる。
その意味では、掛け軸の作品を作るということは、空間をデザインし、空気をデザインするものともいえるかもしれない。
暮らしのなかの創作
CHiNPANはこれまでに「融合」をテーマに作品を作ってきた。2017年に開催された個展「BLACK WORK」では「人体と水墨画の融合」をテーマに掲げ、人体に水墨画の作品を描くという、前代未聞の試みも行った。
では、現在のCHiNPANは、何を融合することに関心を持っているのだろうか?
「今後やっていこうと思っているのは、古いものと新しいものを掛け合わせていくということ。掛け軸もそのひとつなんです。掛け軸には表装という技術があって、その勉強をしているところです。掛け軸ってすごくおもしろいんです。仕立て直すこともできるので、古くなったものも綺麗に生き返らせることもできる。たとえば、おばあちゃんの着物を作り替えて掛け軸にすることもできる。糸を抜いて反物にして、それ自体に和紙を貼って綺麗に伸ばすと掛け軸になるんですよ。生地も自分で選べるから楽しいんですよね」
祖母の着物を受け継いだものの、自分で着ることもできなければ、そのまま箪笥の奥で眠ってしまうケースも多いことだろう。だが、それが掛け軸という形で蘇り、生活空間をふたたび彩ることで、家族の物語がふたたび紡がれることになる。CHiNPANはそのように暮らしのなかで作品を創作し、生活空間をデザインしている。そこにある思いを、彼女はこのように話してくれた。
「試行錯誤するなかで、新しいものだけを作り続けることに抵抗感があって。伝統的なものを自分のなかで消化して、幅広く受け入れられる形で表現していきたいんです」
Text:Hajime Oishi
Photo:Rikiya Nakamura
※こちらの内容はサウンターマガジンVol.4にに掲載された記事です
CHiNPAN
神奈川県生まれ。小学3年生の時に始めた水墨画に系統。1996年より琳派の水墨画を描き始める。2008年、国立新美術館「アジア創造美術展」への入選をきっかけに水墨画アーティストとしてのキャリアをスタート。作品制作やライブペイントのほか、店舗内装やファッション、音楽関連のビジュアル制作、他アーティストのコラボレーションなど、水墨画表現の可能性を幅広く追求している。 Instagram: @13chinpan