休日の昼下がりのお気に入りのカフェ。仕事終わりのヨガスタジオ。いつか宿泊してみたい憧れのホテル......心地の いい空気が流れている場所には、いつもリラックスした雰囲気が漂い、自然と人が集っている。そんな居心地のいい 場所をつくるためには、きっと、誰かのちょっとした心遣いや、日々の小さな工夫があるはず。私たちがシンパシー を感じる、空気のデザインされた場所を訪ねて、その心地よさの理由を探ります。
今回訪ねたのは、東京・渋谷区神宮前の「TRUNK(HOTEL)(トランクホテル)」です。
“素人” だからこそいいモノをとことん追求できた。
客室をいくつか見せていただきましたが、全部表情が違ってユニークですね。
木下さん ありがとうございます。ホテルを開業する時って、一般的には、ひと部屋あたりにかけるコストの上限や 原価率を基準に部屋づくりをするんですが、私たちは、目指している空間を作るのに何が必要かという視点で空間づ くりをスタートしているので、結果としてユニークというか、型破りな部屋になっているんだと思います。いろいろ な分野のプロが集まってトランクホテルの開業準備を進めていたのですが、ホテル勤務の経験がある“一般人”は私くらいだっ たのでいい意味で 常識破りの“素人集団” だったからこそ実現できたホテルなのかなと思います。
だから型にはまらない自由さや楽しさを感じるんですね。
木下さん 二段ベッドを置いたり、キッチンをすごく広くしたりというのは、一般的なシティホテルやラグジュアリー ホテルではなかなか難しいことですよね。
カドーの空気清浄機や加湿器が設置されているホテルというのは、私たちもあまり聞いたことがありませんでした。
木下さん そうかもしれません。通常ホテルでは加湿器ってリクエストベースでお貸出しするケースがほとんどなん ですが、私たちは、「お部屋にあると喜んでいただけるはず」「これは絶対にいい!」と思うモノをセレクトしているので、 加湿器と空気清浄機をスイートルーム、ジュニアスイートルームには標準装備することにしました。
先ほど “素人集団” と謙遜されていましたが、どのようなチームづくりをされているのですか?
木下さん「トランクアトリエ」というチームを組んで、クリエイティブを内製化しています。空間やグラフィックのデザイナー陣だけでなく、建築、音楽、料飲部門のメンバーなど、さまざまなスペシャリストが集まって、トランクホ テルのためのクリエイティブ集団を作っています。その中で、私は「クリエイティブプランニングディレクター」と いう立場で新規ホテルのコンセプトを考えたり各コンテンツの商品開発をする立場にいます。
具体的にはどんな業務をされているんでしょうか?
木下さん レストランをどんな雰囲気にするか、ラウンジでどんなイベントを開催するかといったことを決めながら、 ホテルのブランド価値を高めるためのコンテンツづくりやブランディングを行っています。細かいことで言うと、客 室にあるアメニティーのプロダクトやミニバーのオリジナルドリンクの企画、開発も「トランクアトリエ」が担う業務です。ホテル会社でここまでクリエイティ ブを内製化しているのは私たちくらいではないでしょうか。
「おいしい」「かっこいい」が社会貢献になる
モノ選びをする時のポイントやテーマはありますか?
木下さん この神宮前のTRUNK(HOTEL)に関していうとホテルのコンセプトでもある「ソーシャライジング」ですね。
あまり聞きなれないことばですが、どういう意味でしょうか?
木下さん 直訳すると「社交的にする」などですが、私共は「自分らしく無理せず等身大で社会的な目的を持って生活すること。」と意味付けています。
社会貢献ということばに対する「難しそう」「大変そう」みたい なマイナスイメージや堅苦しさを取り払いたくて。社会問題へのソリューションや寄付を、もっと身近で行動しやすいものに変えていきたいという思いから生まれたテーマです。
その「ソーシャライジング」を 5 つのカテゴリーに分けているんですよね?
木下さん はい。ホテルが建つ渋谷・原宿という場所柄も意識して、「環境」「ローカル主義」「多様性」「健康」「文化」 の 5 つの角度からソーシャライジングを体現しています。客室の一つ一つのアイテム選びから、ラウンジやレストラ ンの空間づくりにおいても、何かしらこの 5 つの要素が含まれることを大切にしています。 たとえば、客室の冷蔵庫に入っているジュース。一見普通のジュースですが、渋谷のスクランブル交差点の近く にある西村フルーツパーラーさんと共同開発した無添加ジュースなので、「ローカル主義」と「健康」のカテゴリーの モノになります。
なるほど!ソーシャライジングと言われると少し構えてしまいますが、アウトプットはとても親しみやすくてわ かりやすいです。
木下さん 客室のアイテムは全てにそうしたストーリーがあります。テーブルの上にあるジュエリートレーは、レザー の切れ端を加工して、渋谷にある福祉作業所と協働で開発しているものですし、マグカップは、割れた食器を一度土 に戻して再利用したものです。見た目からはそこまでの背景は伝わってこないと思いますが、代わりに各アイテムのストーリーを紹介するブックを各部屋に置いてフォローしています。
あえて説明はせず、気になる人は「こういうことだったんだ!」と深堀りができるんですね。
木下さん 部屋にあるモノすべてが語りかけてくると、疲れるでしょうしね(笑)。単純に「デザインがかっこいいな」「自 宅でも使いたいな」と思えるモノを作って、お客様に使っていただくところからソーシャライジングをスタートした くて、このブックを作りました。
ちなみにカドーの製品は5つのカテゴリーのどれにフィットしたのでしょうか。
木下さん 家具や家電は「ローカル主義」で、日本のブランドであることを重視しています。この部屋のソファは大阪にある TRUCK FURNITURE という家具メーカーさんのものです。
「かっこいい」「使いやすい」の先に社会貢献があるっていいですね。
木下さん 私たちのホテルが、社会貢献を身近に感じるきっかけになれたら一番うれしいですね。ホテル全体の売上のうち年間 500 万円を寄付することを目標にしているので、TRUNK(HOTEL)を利用することで自然と社会貢献にもつながっています。
そうしたこだわりをすべてに貫くのはすごいです。すべて木下さんがチェックしているんですか?
木下さん いいえ、私だけではなく、スタッフ全員で日々チェックしています。ただ、ソーシャライジングとい う考えを全員が理解し共感しているので、チェックする段階でその軸からブレているものはほとんどありません。
小さなホテルなのによく見つけてくれるなと(笑)
お客様はどんな方が多いんですか?
木下さん 全体の 8 割くらいが海外からのお客様です。そのうちの 7 ~ 8 割がアメリカやフランス、イギリスなど欧米のお客様ですね。長年ラグジュアリーホテルを定宿としていらっしゃる方が、うちに乗り換えてくださることもあります。アジアでは韓国からのお客様が多いですね。韓国人のお客様は、新しいモノに対する感度がどの国よりも高いと感じます。東京のホテルのトレンドも日本人以上に詳しいかもしれません。
海外の方に向けて積極的にアプローチをしていらっしゃるんですか?
木下さん 私たちもインハウスで制作した動画をSNSで発信したりしていますが、お客様が発信してくださるほうが圧倒的に影響力が大きいです。お客様が Instagram や Facebook に投稿してくださっているおかげで世界中に拡散している状況ですね。
こだわりのあるホテルづくりが、お客様から発信したくなる場づくりへとつながるんですね。
木下さん まだオープンして2年ばかりの小さなホテルなのに、よく見つけて予約してくださるなと感激します。
マニュアルがないことが私たちのポリシー
多様なお客様のニーズに応えるため、どのようなことに気を配っていますか?
木下さん 実はトランクホテルにはマニュアルがありません。代わりに「主体性」と「クリエイティビティ」を大切 にしているんですが、その二つがあればマニュアルはいらないし、強力なチームになるんじゃないかと思っています。 一人ひとりのスタッフがオーナー意識を持つことになるので、自然と考え方やモノに対する想いも深まって、全体の レベルが一気に上がるんですよ。ひとつの型にはまらない個性的なスタッフの集まりだからこそ、多様なニーズにも 柔軟に応えられるんだと思います。
空間づくりではどんなことに気を配っていらっしゃいますか?
木下さん どんな人が、どんな目的で、どんなふうに使っているのか......実際に利用しているシーンを徹底的にイメー ジして空間をつくることに気をつけています。あとは、スタッフのビジュアルやサービススタイルがそれぞれの空間 に合っているかも大切ですね。
一般的なラグジュアリーではなく、かといってカジュアルでもない。この空間で目指すことをスタッフ皆さんがきちんと理解し、共有できていないと難しいことですよね。
木下さん 世界中、どこのホテルを訪れても思うことなのですが、良いホテルにはそのホテルにふさわしいというか、 そこに似合うお客様 がいらっしゃるんですよね。おっしゃるとおり、私たちは老舗ホテルやラグジュアリーホテルの ような正統スタイルではありませんが、私たちが持つスタイルは来て下さるお客様にもそれは自然と伝わっていると 感じています。だからこそ、スタッフだけでも、お客様だけでもなく、ここに集う一人ひとりによって私たちの目指 す空気感が生まれているのかなと自負しています。
左:100 m²近いダイニングスイートは開放的なキッチンに鉄板やオーブンレンジ、ワインセラーも備える。
右:ロフトのあるリビングスイートにはプロジェクターやレコードプレーヤーもありパーティ利用にぴったり。
While an “air of tension” may sound like it’ s the exact opposite of a good atmosphere, I like the feeling of having to straighten up and stay on my guard a bit. For example, I picture something like elegant older women sitting on a comfortable sofa and enjoying a conversation in the lounge of a Paris hotel. Comfortable, but in a refined sense that only adults can appreciate.
「居心地のよさ」に対して「緊張感」という言葉は少しミスマッチに聞こえるかもしれませんが、背筋の伸びるような、 身の引き締まる感覚が好きです。たとえば、すてきなマダムたちが会話を楽しんでいるパリのホテルのラウンジで、 座り心地のよいソファに腰を掛けている時。どこかピリッとする、大人だけが味わえる感覚に居心地のよさを感じます。