点を線にし、空間の中にもうひとつの空間
をつくる選書という愉しみ
「一室、一冊。」──。その斬新なコンセプトの通り、森岡書店銀座店に置かれる本は1タイトルのみ。森岡書店は1週間の展示期間中に、その1タイトルにまつわるイベントや著者との交流を通して本と読者をつなぎ、本の可能性を探ります。そんな一風変わった書店の店主である森岡督行さんに、「空気をデザインする」というテーマで選書していただきました。
松本の木工作家の三谷龍二さんの著書のなかで書かれた「本はひとつの窓のようだ。そこから別の世界が広がっている」という言葉があります。
その言葉をわたしなりに還元すると、いい本というのは自分の目の前にもうひとつの空間を立ち上げるはたらきがあり、ページを繰ることで二次元から三次元へ広がったり、さらには五感で感じられたりするようになっているものなのだと思います。
今回、「空気をデザインする」というテーマだったので、そういった空間が立ち上がる本を選び、選書することによって関係性を響き合わせてみてはと思い「対の選書」を考えてみました。
その背景には、空間の中に、もうひとつの空間を本でつくってみようという狙いがあります。空間が立ち上がれば、きっと空気が変わる。それはやがて空間と時間の流れを変え、暮らしを豊かにしてくれると思うからです。
森岡督行 | YOSHIYUKI MORIOKA
1974年山形県生まれ。森岡書店代表。著書に『BOOKS ON JAPAN 1931 – 1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『荒野の古本屋 』(晶文社)などがある。企画協力した展覧会に、「雑貨展」(21_21 DESIGN SIGHT)、「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「畏敬と工芸」(山形ビエンナーレ2016)、「Khadi インドの明日をつむぐ」(21_21 DESIGN SIGHT)などがある。京都・和久傳のゲストハウス「川」や、「エルメスの手しごと」展のカフェライブラリーのブックセレクトを担当した。新潮社『工芸青花』のサイトで日記を、資生堂『花椿』サイトで「現代銀座考」を連載中。2020年5月には伊藤昊写真集『GINZA TOKYO 1964』を企画、編集、出版。オンラインにて販売中。
sns:@moriokashoten
自粛期間に自室で過ごす時間が長くなったことで、「家での生活をどうするのか」ということを考える機会が増えたと思います。わたしたちの日常は、ものや道具を使うことの連続で成り立っています。ペンであったり、庖丁であったり、タオルであったり……。そうした一つひとつの動作がよければ、人生の時間の質はきっとよくなってくるのではないでしょうか。
仕事のこと、家族のこと、さまざまな局面で呼吸は絶え間なく繰り返されます。だからこそ、いい空気(雰囲気)、香りのなかで暮らせれば、時間の質が変わり、行動や、生じるコミュニケーションにも、きっと変化が表れます。
新型コロナウイルスによるパンデミックを経験して、『より価値のあるものとは何か?』と考えてみると、わたしは人間の根本的なところで「夢」とか「幸せ」「希望」なのかなと思いました。
それはかつて遠い外国とかに行くことで得られたのかもしれませんが、旅することができないいまは、本という窓や、「何気ない風景」とか「水」や「空気」「乾杯」……みたいに身近なものに喜びを見出すことを幸せとしたいと感じています。遠くではなく、ここにあることを自覚していくことが大事なことなのだと強く思います。(談)
1
『Early Color』
Saul Leiter(Steidl)
『Saul Leiter: In Stillness』
井津由美子(リブロアルテ)
「スマートフォンで誰もが写真を撮ってSNSに投稿する時代ですが、何の気もない写真のように思えるソール・ライターの、この写真は誰も撮れないし、この色を出すことはできないと思います。空間、空気を感じ取ることができるこの感覚はどこからきているのかを知りたくて文献を調べてみると、ソール・ライターは浮世絵から構図や色、フラット性を学んでいたそうです。風景は1950〜60年代のニューヨークですが、その背後には江戸の浮世絵があると思うと空間のなかに時間軸が見てとれます。ソール・ライターにはモノクロ写真もありますが、やはりカラー写真のほうが浮世絵の世界観を感じます。自宅を写した写真集『Saul Leiter: In Stillness』と併せて見ると、彼の作品がここから生まれたのかと感じられて、空間の幅が出てきます」
2
『Paintings and Photographs』
Georgia O’Keeffe / John Loengard(Schirmer Mosel)
『岡倉天心全集』
岡倉天心(平凡社)
「空間の中に空間をつくるという視点で選んだ2冊です。ジョージア・オキーフの作品集は、アリゾナの自宅とそこに滞在するオキーフの姿、そして絵画がコントラストとなって、作品が描かれた空間がわかるようになっています。晩年のオキーフは、岡倉天心の『茶の本』にとても傾倒していて、眼を患ってからも毎晩お手伝いさんに朗読をしてもらっていたというエピソードを聞いたことがあります。それほどまでに『茶の本』の世界観に心酔していたようです。考えようによっては、オキーフの作品や空間に『茶の本』の世界観が表出し、その美意識が貫かれていたとも言えるかもしれません。オキーフの絵にはいろいろな解釈があると思いますが、わたしはオキーフには“引き算の美学”の精神があったのだと思います」
3
『Olbilder, Aquarelle, Zeichnungen,
Radierungen』
Giorgio Morandi(Haus der Kunst)
『It’s beautiful here, isn’t it…』
Luigi Ghirri(aperture)
「自由に旅することが難しいいま、本を通して旅をするという視点で選んだのがジョルジュ・モランディとルイジ・ギッリの2冊。モランディの作品集は、オキーフと同じく、モランディの絵画とボローニャのアトリエが交互に出てくる紙面構成になっています。アトリエの写真を撮影したのは、イタリアを代表する写真家ルイジ・ギッリ。モランディのアトリエや作品を数多く撮影したギッリは、モランディとまさに表と裏の関係にあるように思います。そのギッリがイタリアを旅して撮影した写真集を開けば、ギッリが見たいと思ったイタリアの風景が追体験できます。先にも話しましたが、いい本、いい写真集の条件は自分の目の前に空間が立ち上がってくるもの。この2冊はまさにその条件を満たしていると思います」
森岡書店
東京都中央区銀座1-28-15 鈴木ビル1F
03-3535-5020